vendredi 11 juin 2010

コンゴの歴史(2)

コンゴの歴史(2)
2)コンゴ王国
AC2000年からDCC500年にかけて先住民ピグミーを追いやったバンツーの大移動があったこと、彼らが鉄器の製造、農業をもたらしたことを述べた。日本の鉄器時代は定説では弥生早期AC400年から始まったとされる。バンツーは、さらに通信手段としてのタムタムtam-tam(太鼓)、道の造成、竹の葉から繊維を取り出して衣服を製造した。

a)コンゴ王国 Royaume de Kongo (現在のCongoと区別するためKongoと表記される)
おおよそ4世紀に起源をもち、15世紀後半にポルトガル人が来たころには、現在のコンゴ(ブラザヴィル)南部、コンゴ(キンシャサ)南西部とアンゴラ北部にかけて、総面積30万km2を超える大コンゴ王国が形成されていた。1482年ポルトガル人ディエゴ・カンDiego Cam(僕がポルトガル表記をもっていないので、フランス語表記とする)が来て初めて西欧に存在が知られた。
首都はムバンザ・コンゴMbanza-Kongoである。現在はアンゴラ国ザイール州にある人口2万5000人の小都市になっている。アンゴラがポルトガル領だったころはサン・サルバドールSao Salvadorと呼ばれた。1975年アンゴラ独立後元の名前に戻っている。場所は、大河コンゴの支流ムポゾ川(河口はRDCバ・コンゴ州マタディ市)の源流である。1665年ポルトガルとの戦争で破壊しつくされた。しかし、1709年に再びコンゴ王国の首都として修復された。
伝統的にKongoないしアフリカの多くは母系であるから、神話的に伝えられるこの国Kongoは女性Nzingaから始まる。彼女には二人の男の子と一人の娘がいたというところからKongoの歴史が説かれる。
(続く)

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