lundi 7 juin 2010

アフリカを越えた作家ソニー・ラブ・タンシ Sony Labou Tansi, écrivain de la valeur universelle


ソニー・ラブ・タンシSony Labou Tansiのことを少し詳しく書く。本名はマルセル・ソニーMarcel Sony。1947年キンシャサの生まれである。僕と同世代。ということは、サルトルJP Sartre、イオネスコEugene Ionesco、ベケットSamuel Beckettを読んだ世代だ。父親はベルギー領コンゴ人(現RDC)、母親はフランス領コンゴ人(現RC)である。両コンゴはコンゴ川を隔てて向かい合っている。ベルギー領だ、フランス領だといっても、本をただせばコンゴ帝国Empire Kongoであった。民族も中心はバンツーbantouだし、言葉もリンガラlingalaである。
高校のときにキンシャサから母方のブラザヴィルに移住している。コンゴではリンガラ語で教育を受けており、ブラザヴィルに渡ってから学校教育が全てフランス語になり、また学生の習慣も極めてフランス式「蛮カラ」でとまどったという。「蛮カラ」学生からのいわば「いじめ」から身を守るためにトイレによく隠れていたそうだ。そのことを学生時代に書いたのが、フランスの出版社にもちこんだけれど、出版されなかった。それが初めての小説だとソニーは語っている。
ペン・ネームは尊敬するコンゴの作家チカヤ・ウ・タンシTchicaya U Tam’siに因んだ。チカヤは1931年生まれ。1961年の隣国の首相でアフリカの英雄であったルムンバ暗殺にショックを受けて、国を飛び出しUnesco職員となった人物である。
僕が彼の作品に初めて出会ったのはついこの間である。『La vie et demie 生涯半』だ。この作品がソニーの出版された処女作になる。1979年。当時のコンゴ・ブラザヴィルの状況を考慮にいれて読むと意図がよくわかろう。
コンゴ共和国(コンゴ・ブラザヴィル)の独立は1960年8月15日である。コンゴ・キンシャサが同じ年の6月30日。今年いずれも独立50周年である。1977年当時大統領だったングアビMarien Ngouabiが暗殺された。それ以前からコンゴ労働党の一党独裁とはいえ、軍部が強くクー・ダタがしばしばあったが、ングアビ暗殺をきっかけとして軍部内部の勢力争いは熾烈を極めていく。そこから国防大臣だったドニ・サス・ンゲソDenis Sassou N’guessoが権力を握ってゆく。N’guessoは途中民主化で消えるが、1997年再び大統領となり現在まで続いている独裁体制である。作品発表当時32歳だったソニーの友人たちが、逮捕、監禁、拷問そして故なく殺された。この背景から『La vie et demie』が生まれている。
物語は仮想国カタマラナジーKatamalanasieの独裁者Providentielがその天敵Martialを殺戮するところから始まる。Martialの愛娘で絶世の美女シャイダナChaidanaがその魅力を利用してProvidentielに復習する。荒唐無稽なストーリーが展開する。復習は成功するが次から次へと独裁者が誕生してしまう。最後は内戦に発展する。結末はハッピー・エンドではない。かなり暴力的シーンも多い。反道徳でもある。文体も特殊であろう。しかし、話は、アフリカの現実から、また権力というものの現実から実はそう遠くはない。独裁者が生まれる背景にla puissance étrangère qui fournissait les guides(独裁者をサプライしてきた海外の強国)とソニーは再三再四繰返すが、それは一端の真理を含むが、アフリカだけでなく南米や中東でも真理にちがいないのだが、それだけではないと僕は思う。しかし、これでソニーの価値が揺らぐわけではない。ソニー・ラブ・タンシの価値はアフリカにとどまらない。もっとユニヴァーサルな価値を彼は持っている。アフリカの枠を超えた作家だ。
ソニーは1995年6月14日エイズのため永眠。奥さんが同じ病気で亡くなって2週間後であった。
さらに彼の諸作品を読んでみたい。『L'État honteux恥ずべき国』、『L’anté-peuple前の人々』、『Les Sept Solitudes de Lorsa Lopezロルサ・ロペスの七つの孤独』そして『Les Yeux de volcan火山の目』である(邦題は読んでいないので仮)。問題はルブンバシには本屋が2軒しかなく、これらの本が全てフランス文化センターにあるわけではないこと。他の図書館をあたってみるしかない。

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